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流れる雲と夏の海 #2


ふっ、と相田は柔らかい微笑みを浮かべると、さらっと言った。

「ふむ、やっぱり無理に笑ってるより、霧島はそういう笑顔の方が似合うな」

・・・・・・・・・・・・!!

わたしが・・・・・・落ち込んでるの・・・・・・気付いていたの?!

呆然としていると、相田は笑いながら説明する(勿論、今度は先生に怒られないようにひそひそ声で・・・・・・だ)

「あのね。ダテに写真を撮りまくってないぜ。ちょっとした雰囲気の違いってのでだいたい、解るんだよ」

そりゃあ、そうかもしんない・・・・・・けど。わたしは、これでも戦自で、工作員の専門訓練とか受けてるんだよ。恐ろしくカンの鋭いコ(例えばアスカとかね)ならともかく純粋に観察力でバレるなんて、全然、予想してなかった。

「あ、信じてないな?」

わたしは、コクンと頷く。と、相田はキョロキョロとクラスを見回す。

「そうだな・・・・・・簡単なところで・・・・・・例えば、今、トウジの奴、背中を掻いてるだろ。あの掻き方は暑いんだ。もうすぐ・・・・・・下敷きかなんかで扇ぎだすよ」

・・・・・・ホントかなぁ? 鈴原は肩胛骨のあたりをボリボリ掻いている。・・・・・・と、ジャージの襟元を緩め、おもむろに下敷きを取り出すと、バタバタと扇ぎはじめた。

「・・・・・・と、トウジが下敷きをバタバタやってるショットが撮れる訳だ」

「わ・・・・・・うそお・・・・・・当たってるぅ」

「ま、あいつとは付き合い長いしな・・・・・・ちょっと難易度を上げて・・・・・・・・・」

流れる雲と夏の海 ── 第2話 ──

すごい、すごい。これって、戦自の専門教官並みだよ。

そんな調子で、クラスメートの仕草やクセとかから、何を考えているのか次にどんな行動をするのか、次々と当ててっちゃう。

そのうち、わたしがリクエストして、それに相田が答えるようになって・・・・・・わたしは、この「ゲーム」に夢中になっていた。いつの間にか1時限目が終わって2時限目になっていた。休憩時間中に鈴原が相田に声を掛けようとこっちを見たけど、わたしとヒソヒソと話し込んでいるもんだから、向こうへ行っちゃった。

2時限目の数学が始まっても、わたし達は「ゲーム」を続けていた。

「ねえねえ、じゃ、次は・・・・・・レイはどお? これは難しいでしょお♪」

実際、レイが何を考えているのか判るのは、かろうじてシンジ君くらいだ。流石に、相田も黙り込んで、レイを眺めている。

「・・・・・・・・・・・・そうでも、ないな」

ぽつりと、事も無げに相田は呟いた。

「うそお、あのレイだよ?」

「頬杖をついてるだろ? あれは、寝不足。何気なく髪の毛いじっているけど、クルクル指を回してとシャギーのところをいじるのは退屈している仕草だな。授業に飽きてる証拠・・・・・・真面目な性格だから、教科書を開いて目を通してみるけど眠気に負けて居眠りするって処かな」

確かに、頬杖を付いて、よこ髪をちょっといじったのは見えたけど・・・・・・。あんな何でもない仕草に違いがあるのかな。

ああっ・・・・・・ホントに教科書、開いた! で、パラパラとめくって斜め読みしてる。

本当に眠いのかな・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

?・・・・・・頭が揺れてる・・・・・・・・・あらら・・・・・・寝ちゃ・・・・・・った・・・・・・。

レイは本当に机に俯せて居眠りし始めちゃった。

「納得した?  けっこう、面白い遊びだけど・・・・・・これ内緒だぞ、霧島。俺、クラスの嫌われ者になりたくないし」

確かに、ここまで見透かされてたら、人によっては相田と付き合いたくないと思うかも知れない。ま、わたしは気になんないけど。

「・・・・・・ただでさえ、胡散臭いとか思われてるもんねえ」

わたしが、にまっと笑いながら、そう言うと相田はガクッとこけて「それを言うなって・・・・・・」とぼやいた。ぱっと身を起こすと、相田は思い出したように言った。

「最後にもう一つ・・・・・・3時限目あたりに惣流からメール来ると思う。あの様子からすると結構マジメな用件だろうね」

「え・・・・・・うそ・・・・・・」

思わず、暗い沈んだ声になっちゃう。すうっと教室が暗くなってくような錯覚まで覚える。2時限目の終わりのチャイムが鳴る。無防備なわたしは思わずビクッと肩を震わしてしまう。

「安心しなよ。たぶん、果たし状とかじゃないから」

ぷっ、アスカなら、あり得るかも・・・・・・。

柔らかく笑ってる相田の顔を見て、我に返った。ううう、ダメダメ、こんなんじゃ・・・・・・シンジ君ともアスカとも「友達」でやってけないよ・・・・・・。そんなことを思いながら、なんとかいつもの調子に自分を引き戻す。

「もおっ・・・・・・フォローになってないよお」

違う意味ではフォローになってるんだけど。ふくれっ面のわたしを横目に相田が席を立つ。

「ははは、大丈夫だって。俺を信じろよ」

「それは、ムリ」

きっぱりと、わたしは素直に笑いながら言った。

相田は「今日こそは、購買部大本営を強襲して、焼きそばパンの奪取を成功させねば」とか、言いながら鈴原と購買部に行っちゃった。・・・・・・鈴原はヒカリの弁当があるんじゃないかって? 昼まで保たないんだってさ。

なんだかニコニコしながら相田達を見送ると、ふと疑問が湧いてきた。・・・・・・相田のヤツ、わたしが落ち込んでるのに感づいてた。アスカからメールが来るとか言ってたし・・・・・・あいつ・・・・・・。わたしはガタッと席を立つと、思わず口に出して言っちゃった。

「・・・・・・どこまで知ってるんだぁ!」

し────────ん。

・・・・・・はっ・・・・・・!

クラスの全員が・・・・・・こっちを・・・・・・見てるよお・・・・・・・・・。「しーん」って音が・・・・・・イタイ。

あ、なんかアスカが、わたしを見てビクビクと慌てふためいている・・・・・・・・・・・・やっぱり、相田の予想は当たってる?

一瞬、そんなことにも気付いたけど、この場は────

「あは、あは、あははは・・・・・・お騒がせしましたぁ・・・・・・」

──もお、笑うしかないじゃん。後頭部を掻きながら、すごすごと席に座り直す。ホント、顔から火が出るって、この事。もう、いやんなっちゃう。

★ ★ ★

教室にざわめきが戻ってきて、わたしも大分、落ち着いてきた。いくら普段、わたしが突発的に行動するからと言っても、今のは余りに突拍子もなさすぎるたみたいで、誰もツッコミさえ入れて貰えない・・・・・・。ううう・・・・・・やってもうた。そりゃあ、わたしだってアスカとかが同じ事をしたら、流石にヒキが入っちゃうよ。

ふう、ため息をひとつついて、次の授業の用意を始める。向こうの席で、シンジ君の声がする。

「・・・・・・アスカ、どうしたの? そんな・・・・・・慌てて?」

「いっ、いいじゃないのっ! 人がメール書いてるんだから、覗き込まないでよ!! 『親しき仲にも礼儀アリ』って言うでしょ」

「そんな、ロコツに・・・・・・慌てて隠すと余計・・・・・・ヘンだよ?」

・・・・・・あ~あ、仲いいよねえ。笑いながらシンジ君がアスカの席の処で、話しているのが遠くに見える。ホント・・・・・・遠い・・・・・・よね。わたしには、もう手に入らない・・・・・・触れることの出来ないもの・・・・・・。

苦しい・・・・・・。なんで・・・・・・? 何でよ、先刻までは全然へーきだったのに・・・・・・。 ごつん・・・・・・おでこが机にあたる。わたしは胸を押さえると机に丸まっていた。首筋を脂汗が流れ落ちる。やっぱり、辛いよ・・・・・・耐えられ・・・・・・ない・・・・・・。

・・・・・・ああっ、いかんっ、涙腺まで緩んできちゃった。こんなトコで泣くなんて死んでもイヤだ。

体を起こすと払い退けるように頭を振る。もう、シンジ君のこと見つめちゃうのもやめなきゃ・・・・・・「友達」なんだから。そんな時───

「はっはっはっ。我、奇襲に成功せり、だ」

戻ってきた相田が、ガタガタと隣の席に座った。どうやら、目的のパンが買えたらしい。こちらを向くとビニールの袋を取り出す。

「霧島、オマケで貰ってきたんだけど、ひとつ食べる?」

袋の中には、ピンポン玉くらいの小さいドーナッツが2つ入っていた。わたしは・・・・・・自分のテンションの低さと相田の屈託のなさの余りのギャップに、呆然と相田とドーナッツを見ていた。そんな、わたしを気にすることもなく、袋から1つドーナッツを取り出すとわたしに手渡した。まだ、温かかった。

「なんか、購買のおばちゃんの試作品なんだってさ。自信作らしいよ・・・・・・どれどれ、俺も1つ・・・・・・」

とか、言いながら残りの1つを取り出すと、ぱくんと口に放り込んだ。腕を組みながら目をつぶって、むぐむぐやっている。

「・・・・・・ふむ、菓子としてはスタンダードなものだが、味がしっかりしている。確かな素材でなくては出ない味だ。揚げ具合が絶妙だな。工場製品ではこうはいくまい」

あんまりな相田のボケっぷりに、思わず「・・・・・・アンタは海原雄山か・・・・・・」とか頭の中でツッコミを入れてると、相田が普通の口調に戻って言った。

「ともかく、試作品って言ってたけど、結構イケるよ」

「う・・・うん。・・・・・・じゃ、頂くね」

なるべく明るく返事はした・・・・・・つもり。ともかく、一口かじってみた。ふあっ、と優しい甘さが口に広がる。相田はふざけて言ってたけど、本当に素朴で、だけどしっかりした味・・・・・・・・・ふっ、と頬が緩む、そんな味。

食べ終わると、何だか心が軽くなったような感じがした。

「わあ、ホントだ。 これ、イケるねえ」

「5個入りで100円くらいで、今度、売り出すみたいだよ」

「へえ、サイズが小さいから、女の子にもウケると思うな。わたしも、買おうっと」

相田とドーナッツ談義をしていると、チャイムが鳴って授業が始まった。そういえば、いつの間にか自分が平静に戻っている。・・・・・・あれれ? さっきのは一体、何だったんだろう・・・・・・?

──と、授業が始まって大分たってから今更のように気付く。・・・・・・確か・・・・・・アスカが「メール書いている」って・・・・・・言わなかったけ? さっき言ってたよね!?

そんで、相田の予想通り、その直後にわたしの端末にメールが届いた。差出人は・・・・・・やっぱりアスカだった。

★ ★ ★

わたしは放課後、屋上に来ている。意外なメールの内容で──別に変なこと書いてあったわけじゃないんだけど・・・・・・らしくないって言うか・・・・・・そんな感じ──少し緊張しながらアスカが来るのを待っていた。

陽が長くなってきたせいか、かなり暑い。日陰になってる壁に寄っかかっていた。することもないので、アスカのメールの内容を思い返してみる。

確か──

From:惣流アスカ・ラングレー<s_asuka@icchu-jhs.tokyo3.jp>

To:霧島マナ<k_mana@icchu-jhs.tokyo3.jp>

Subject:授業中にごめんね

だいたいの話はシンジから聞きました。二人きりで話をしたいことがあるので放課後、屋上で。

別にマナを責めるつもりもないし、ケンカしたい訳じゃないの。友達として話を聞いて欲しい。お願い。

アスカ

──こんな文面だったと、思う。タイトルからして意外。「授業中にごめんね」だよ? 

相田が「アスカからメールが来るよ」って言われた時は、ビクビクしちゃったけど確かにビックリするほど「マジメな用件」のように読める。どんな話をアスカがしたいのか、って事よりも、しおらしい文面を書いてくるアスカの心境の方がナゾ。

「あれっ? ・・・・・・なんだ、マナ君だったのか」

思わず、その声に振り向く。げ・・・・・・カヲル君? のんびりとしたいつも様子で、カヲル君がペントハウスの処からこっちに向かって歩いてくる。

「な、な、な、なにっ?」

「そんなに驚かなくても良いじゃないか」

「カヲル君、部活やってないんでしょ。 どうして、今の時間にこんな処に来るのよ?」

おそらく、帰るつもりだったんだろう。肩にバックを提げている。どーして、この人は変な時に現れるのかなあっ。

「ふふふ・・・・・・帰ろうと思って廊下を歩いていたら、隣の校舎の屋上に物憂げに佇む麗しい少女の姿を目にしてね。誰かと思って見に来たんだよ」

「な、な、なによぉ・・・・・・それ・・・・・・」

ワインレッドの深みのある紅い瞳で覗き込まれると、わたしは真っ赤になって縮こまってしまう。くー、この攻撃は卑怯だよう。

今の会話のやりとりに、ふと頭の中で違和感がよぎる。ちょっと、待って・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・。

「ああっ!!」

「・・・・・・どうしたんだい?マナ君」

「ねえ、それじゃあ、最初に『なんだマナ君だったのか』とか言ったのは、どういうイミよっ!?」

「ははは、すまない。悪気はないよ。気にしないで欲しいな」

涼やかに笑いながら、全然悪いと思ってなさそうに、しゃらっと言ってのける。とても普通の神経とは思えないよ。完全に毒気を抜かれた、わたしはため息を付くことぐらいしか思いつかない。

「マナ君こそ、こんな処で何を浸っていたんだい?」

「浸ってないよ! もお、ワザと言ってるでしょ。ちょっと、アスカと話があるから待ってただけ」

「ふうん、ついに三角関係に終止符を打つべく、シンジ君を賭けて決闘でもするのかい?」

「しないって! だいたい、もう三角関係じゃないもん」

・・・・・・・・・・・・しまった。

変なところで妙に察しのいいカヲル君のことだ、もしかすると今のセリフで全部、解っちゃうかも・・・・・・。カヲル君が、人に言いふらしたり、こういうことをネタにして嘲って喜んだりするような人じゃないって知ってる・・・・・・けど・・・・・・でも、人に知られたくない・・・・・・やっぱり、イヤ・・・・・・。

わたしが塞ぎ込んでいると、カヲル君は身をかがめるようにして、わたしの顔を覗き込む。

「ははあ・・・・・・なるほどねえ。やっぱり、シンジ君にフラれたんだね」

「・・・・・・なによお・・・・・・その、やっぱりって・・・・・・」

だめ、声が震えてる・・・・・・。

「こないだ、たまたま。ケンスケ君と二人になった時に話してたんだよ。こんな風に───

『霧島、シンジの奴に告白するのかな?』

『へえ、どうしてそう言う風に思うんだい?』

『前は霧島はシンジの事を「シンちゃん」って呼んでたろ。ここ最近「シンジ君」になった』

『シンジ君への向き合い方が変わったのかも知れないねえ』

『だろ? だからさ、告白でもする覚悟を決めようとしてるのかと思ったんだ』

『確かに、時々何か緊張しているように感じることはあるけれど』

『渚がそう感じるんだったら、十中八九まちがいないな。シンジがバカしなきゃいいけどな』

『シンジ君は、人を傷つけない術を学びつつあるよ。それにしてもキミは、霧島君の随分細かいところを見てるんだねえ』

『・・・・・・別に霧島に限ったことじゃないけど・・・・・・そーゆーちょっとした違いって奴が気になる性分なんだよ』

──と、いう感じで・・・・・・って、どうしたんだい?マナ君」

「その、身振り手振りで一人二役やるのやめえっ!!」

「ははは・・・・・・その様子なら、ひとまず大丈夫だね」

・・・・・・へ? わざとやってたの? 

★ ★ ★

「アスカ君とお互いに納得ゆくまで話をするといい。彼女も根はとても優しい良い子だから、きっとマナ君と親友になれると思うよ」

踵を返すとカヲル君は手を振りながらペントハウスに向かう。励まして・・・・・・くれたの・・・かな? 

いい人だし、すんごく美形だし、勉強にしろスポーツにしろ抜群で欠点らしい欠点はないんだけど、微妙にセンスがズレてるんだよね。そこが堪らないっていう女子も沢山いるけど・・・・・・。わたしとかアスカとかは、彼と話してると漫才になっちゃう。

にしても、告白する前から相田も気付いていたのか・・・・・・。まあ、そうだよね。あの観察力だもんなあ。きっと、昨日の朝とかに『あ、こいつ、今日シンジに告白する』とか思われていたんだろうなぁ。

カヲル君と相田の会話を思い返してみる。

『霧島に限ったことじゃないけど・・・・・・』

・・・・・・ん。 ・・・・・・なんだろう。・・・・・・何か、引っかかる・・・・・・ちくちく・・・・・・する。

「ごめん。待った?」

え? わ、アスカぁ!? 考え事してたら目の前にアスカが来てるのに気付かなかった。

「んーん。ちょっと、わたしの方が早く来すぎただけだし。それに何かふらっとカヲル君が来て可笑しなコト喋っていったから」

「ふーん、カヲルがねえ。なんか物思いに耽ってるみたいだったけど・・・・・・大丈夫?」

「あはは♪ ボケてるのはいつものコトだもん」

どちらともなく、膝の高さくらいで出っ張りっているところに並んで腰掛ける。するとアスカが自嘲気味に笑いながら、ぽつりと呟く。

「・・・・・・やっぱり、アタシに心配されても嬉しくない・・・・・・よね」

「ま、ちょっとフクザツな心境かな・・・・・・。好きな人の彼女に言われても・・・・・・ね。 んー、でもね、アスカだから、そんなにイヤじゃないよ」

実際、そんなにアスカのコトが嫌いとか、恨めしいとか、ネガティブな感情はないんだ。せいぜい、うらやましいなあって、感じ。自分でも不思議。もしかするとアスカじゃなかったら、そうじゃないかもしれない。

俯いてたアスカが驚いた顔をして、わたしを見る。そして、すぐに顔を背けてしまう。

「マナってさ・・・・・・優しいね・・・・・・。アタシだったら、そういう風には考えられない。ホントはアタシより、マナの方がシンジのことを───」

「そういえばさ、カヲル君が『決闘でもするの?』とか言ってたけど、わたしもメールが来たときは果たし状かと思ったよ」

アスカ、それ以上、言っちゃダメだよ!! アスカのセリフを遮って、咄嗟に、さっきのカヲル君みたくボケてみた。

「え・・・・・・? マナ・・・・・・?」

「そりゃあ、ネルフで戦闘訓練を受けているアスカと、まともにケンカできるのは、わたしかレイ位なもんだし。何時かは果たし状がくるんじゃないかと──」

わざと目を閉じて大袈裟にウンウンと頷く。

わたしも戦自でそれなりに教え込まれてるし、運動神経も結構、互角だしね。

それはともかく効果はあったみたい。

「ちょ、ちょっと、マナ。普段、アタシのこと、どういう風にみてんのよ!?」

アスカは、がばっと立ち上がると、腰に手を当て、もう一方の手で、わたしの鼻先を指さすと、いつもの調子で言った。ふふふ・・・・・・そうそう、元気な方がアスカらしいよ。

そして、アスカも気が付いた。

「あ・・・・・・マナ・・・・・・」

「えへへ♪」

「・・・・・・って、もお。 あーあ、アンタにフォローされるようじゃ、アタシもおしまいね」

わたしがニコニコしてると、呆れたように苦笑いを浮かべて、座り直す。アスカは、まじめな顔で真っ直ぐ、わたしの顔を見つめた。

・・・・・・・・・か、かっこいい・・・・・・女のわたしでさえ惚れ惚れするような凛とした表情だった。

「ごめん、やっぱりシンジだけは譲れない。だけど、アンタとは友達でいたい。ワガママのは判ってるけど、どっちも失いたくないの」

何の迷いもなく、スパッとそう言った。

アスカの真剣な眼差しをみて・・・・・・ああ・・・・・・今、わかったよ・・・・・・。そうか、そうだったんだ。大丈夫だよ、アスカ・・・・・・だって、わたしもアスカと友達でいたいもん。

一息ついて心を決める。『友達でいようね』ってアスカに返事をするのは簡単だよ。だけど、それって何か違う・・・・・・きっと本当の友達には、なれない・・・・・・と思う。本当の友達になりたいからこそ、話さなきゃいけないコトがあるんだ。

──納得ゆくまで話をするといい。

そうだよね、カヲル君。

よぉし、後は、言葉にするだけ・・・・・・。

「わたしね・・・・・・シンジ君のコトを思う気持ち、アスカに負けたとは思ってないんだ。わたしがフラれたのは、シンジ君がこっちを向いてくれなかっただけのこと。シンジ君が見ていたのは最初からアスカだけだったのよ」

「マナ・・・・・・アンタ・・・・・・」

「・・・・・・たぶん、シンジ君にとって、わたしは恋愛対象じゃなかったんだと思う。例えば、わたしが相田とかを、そう言う風には絶対、見れないのと、同じ」

ずきんっ────

・・・・・・痛っ・・・・・・。何? 今の・・・・・・。

胸が・・・・・・ずきんっ、って・・・・・・わたしは、シンジ君の恋愛対象じゃないって、まだ認めたくないから? でも、さっき、シンジ君のこと見てて辛くて、苦しくなったのとは、違う・・・・・・痛み。なんだろう・・・・・・。

「・・・・・・マナ? どうしたの? 大丈夫!?」

ああ、顔にモロ出ちゃってたんだ・・・・・・。心底、心配そうな顔でアスカが覗き込んでる。・・・・・・彼氏を横取りしようとしたんだよ・・・・・・わたし。

本当にアスカって・・・・・・いいコだね。わたし、友達でいたいよ。このコの友達でいたい。

・・・・・・だったら言わなきゃ。言ってケジメをつけなきゃ。精一杯「ゴメンね」と「ありがとう」を伝えなきゃ。

わたしはアスカの瞳を真っ直ぐに見つめて、ありったけの気持ちを込めて言った。

「・・・・・・何も言わずに告白させてくれたアスカに・・・・・・きっぱり断ってくれたシンジ君に・・・・・・感謝してる。わたしの所為で不安にさせちゃってゴメンね。本当にありがとう」

わたしはアスカに深々と頭を下げた。暫く沈黙が流れる・・・・・・・・・

と、ふあっと暖かいものに包まれる。わたしはアスカの腕の中にに抱きしめられていた。

「マナ・・・・・・ごめんね・・・・・・ごめんね・・・・・・」

「ううん・・・・・・アスカは悪くないよ・・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とくん・・・・・・とくん・・・・・・

アスカの心臓の音が聞こえる・・・・・・。わたしの心の中の凝りみたいなものが、すうっ消えてゆく感じがした。

暫く謝り合った後、どちらともなく気恥ずかしくなってきちゃって、顔を見合わせると、お互いに照れ笑いを浮かべながら身体を離した。

「えへへ♪ ちょっと、何か・・・・・・恥ずかしいね・・・・・・」

「う、うん・・・・・・冷静になると、ちょっと・・・・・・ね」

★ ★ ★

静かな時間が流れてゆく。言葉のない優しい沈黙を涼しい風が埋めてゆく。

相手の顔を見なくても、何となく肌に伝わる雰囲気で判るような感じ・・・・・・。ふんわりとした暖かい気持ちに包まれて、二人並んで座って空を眺めていた。

ん・・・・・・アスカ・・・・・・何か言いたいことあるのかな・・・・・・。

「マナ・・・・・・大丈夫?」

その少ない言葉には、アスカの優しさが一杯詰まってた。

「ん・・・・・・正直言って、辛くないっていったらウソになるかな・・・・・・。後は、気持ちを、どう整理するかってコトだけ。まあ、わたしの中のコトだから、こればっかりは自分でケリをつけないと・・・・・・ね」

「アタシに出来ること・・・・・・あったら何時でも言って。あ、でも、シンジはダメ。あげないけわよ」

滅多に人に見せないであろう、アスカの蕩けるような柔らかい笑顔・・・・・・。見てるだけで、こっちまで幸せな気分になってくるって、アスカ・・・・・・自分で解ってる? それって、本当にすごいコトなんだよ。

「あはは♪ シンジ君は、もういいってば」

「なによー、その言い方。何かムカつく」

げらげらと二人して笑う。何にも考えずに笑う。

それから、アスカと他愛もない話をしては、わたし達は笑い転げた。こんなに、頭ん中、カラッポにして笑ったのは久しぶりだった。アスカと二人きりで、こんなにおしゃべりしたのも初めてだった。

どんぐらい、話し込んでいたんだろう。ふと、アスカが時計を見やる。

「あ、時間だ。・・・・・・シンジ、中間試験の振り替えテスト受けてるんだけど、そろそろ終わる頃ね」

「そっか、シンジ君も学校に残ってるんだ」

そういえば、ネルフの都合で1日休んでいたな。

「みんな、今日は何だか残ってるわよ? 鈴原はシンジと一緒に追試受けてるし。ヒカリは鈴原のコトが気になって残ってるし。そういえば相田の奴も写真部の手伝いとか言ってたわ」

「へえ、わたし以外は帰宅部なのにねえ。ヘンなのぉ」

アスカはすっと立ち上がるとスカートの裾を、手で、ぱんぱんとはたきながら言った。わたしも立ち上がった。

「そんな日も、あるんもよ。時間はずれちゃったけど、みんなで帰りましょ」

「うん・・・・・・そ、そうね」

シンジ君もいるんだよね・・・・・・やっぱり、ちょっと・・・・・・何か、恥ずかしいな・・・・・・。

「・・・・・・モジモジしない。だぁいじょーぶだって、シンジが『・・・・・・き、霧島さん・・・・・・その、あの・・・・・・何ていったら・・・・・・ごめん』とか──」

「あははははっ! 何それぇ! シンジ君、そんなしゃべり方しないよー」

実際、アスカのモノマネはかなり大げさだった。それじゃ、裸の大将だよう。

「おかしいなあ、似てない? ま、シンジの奴がマナが辛くなるような、うじうじっとしたコト言いそうになったら、アタシが殴る」

「アスカ・・・・・・それ、彼氏が彼女に言う台詞だって・・・・・・」

わたし達は階段に向かって笑いながら歩き出した。

「そーだなあ。わたし、フラれちゃったしなぁ。頼もしいアスカの彼女にしてもらおうかなっ?」

「ぷっ・・・・・・あのねえ・・・・・・。アンタ、結構、図太い神経してるわね・・・・・・」

つづく

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